生命原理に反することはうまくいかない
オープンにすることは、人によっては不安や恐怖の対象になる。自分というものをかたくなに守っているのが、一番楽なんです。でも、過去の歴史でそれなりに名をなした人というのは、みんなオープンにして、外界とのやりとりのなかで時にはぐちゃぐちゃになりながら、そこを乗り越えて、偉大なことをなしとげてきた。
要するに、オープンにして偶有的なプロセスでやっていかなければ、生命体の成長ということはありえない。それは生命の一大原則なんですよ。ミトコンドリアなんて、もともと別の生物だったものを取り込み、共存したもの。だからこそわれわれは酸素呼吸ができるように進化した。セキュリティの問題にしても、がちがちに周囲をかためちゃう人は、生命原理からはずれている。インターネットって、生命というものがどう進化してきたか、という生命原理に近い事象を、人間の脳とか情報の領域におこすツールという感じがしている。
生命原理というのは、近代が追求してきた「管理する」などの機械論的な世界観にはなじまない。本当の生命原理は管理できるものではないし。オープンで自由にしておかないと、生命の輝きは生まれない。結局、インターネットが人類にもたらした新しい事態の背後に隠されたメッセージは、一つの生命原理ということだと思います。命を輝かせるためには、インターネットの偶有性の海にエイヤッと飛び込まないと駄目なんです。
『 フューチャリスト宣言 』(茂木健一郎 / ちくま新書)
9 months ago